一.ぬるりの伝え

昭和初期、まだ土の匂いが色濃く残る山間の村、九遠(くおん)村。そこには古くから奇妙な言い伝えがあった。夜闇に紛れて現れる黒い球形の物体、「ぬるり」。人の手のひらほどの大きさで、意思を持つかのように空中を漂うそれは、触れようと手を伸ばせばするりと指の間をすり抜け、決して掴めないそうだ。

かつて、村の子供たちが山の奥で遊んでいた際、一人の少年が「ぬるり」を見つけ、好奇心から追いかけていったという。少年が戻ってきたとき、彼は奇妙な変化を遂げていた。顔には生気がなく、何を問いかけても一切の言葉を発さず、ただ虚ろな目で宙を見つめるだけだった。「ぬるり」と接触した者は、口を閉ざし、まるで魂を抜き取られたかのように記憶を失ってしまう、と村に伝えられていた。


二.祖父のルーツを辿る

時が流れ、現代。都心から離れた郊外の町で、フリーランスのルポライターとして活動する加賀美(かがみ)は、今日も朝食を前に悩んだ。彼は長年、原因不明の摂食障害に苦しんでいたのだ。食事が喉を通らない日が多く、肉を前にしたときはそれが顕著となる。医師はストレス性だと診断したが、加賀美自身には心当たりがなかった。ただ、漠然とした飢餓感と、それに対する激しい拒否反応が、彼の日常を蝕んでいた。

ところで、加賀美の唯一の肉親であった祖父は、彼が物心つく前に、ある「奇妙な出来事」に巻き込まれて言葉を失ったという。その出来事の詳細は、祖父の曖昧な記憶と、わずかに残された村の古い記録からしか辿ることができなかった。加賀美は、祖父の故郷である九遠村に伝わる「ぬるり」の言い伝えが、その出来事と深く関わっているのではないかと推測していた。

加賀美は、祖父の足跡を辿り、九遠村の跡地へと向かった。そこはダムの底に沈んでおり、残されたのは資料館と、かつて村があった場所を見下ろす小さな展望台だけだった。資料館には、奇妙なことに「ぬるり」に関する記述はほとんど見当たらない。しかし、一枚の写真が加賀美の目を引いた。それは、幼い祖父と、口を閉ざしたままの村人たちが写った集合写真だった。皆、顔には生気がなく、まるで魂が抜けたかのようだ。加賀美は、写真に写る村人たちの瞳の奥に、得体の知れない恐怖が潜んでいるのを感じた。


三.蘇る記憶

展望台から、加賀美はダム湖を見下ろした。水面は不気味なほど静かで、まるで村の悲劇を隠し持っているかのようだった。その時、彼の目の前を、黒い球体が横切った。それは、間違いなく「ぬるり」だった。加賀美は反射的に手を伸ばしたが、ぬるりはするりと指の間をすり抜け、湖の底へと消えていった。

その瞬間、加賀美の脳裏に、かつてないほどの激しい頭痛が走った。そして、誰かの記憶が、鮮明な映像となって加賀美の脳内を支配した。

祖父の故郷である九遠村は、ダム建設を巡って政府に強く反抗していた。政府と村人との交渉は、長年膠着状態であったが、ある年、記録的な大型台風が村を襲い、唯一の幹線道路が土砂崩れで完全に封鎖された。通常であれば即座に復旧作業が始まるはずだったが、九遠村だけは違った。政府が、村への支援物資の搬入も、復旧作業も、意図的に滞らせたのだ。これは、村の反抗に対する政治的な報復だった。

食料も医薬品も底を尽き、孤立無援となった九遠村では、やがて飢えと病が蔓延し始めた。幼い子どもたちや年老いた者たちが、次々と命を落としていった。記憶の持ち主は、目の前で衰弱していく村人たちに、何一つ手を差し伸べることができなかった。

そして、ある夜のことだった。極限まで追い詰められた村人たちは、禁忌を破るという決断を下した。「それ」を口にすること。それは人として越えてはならない一線だった。だが、命をつなぐため、彼らはある肉を口にした。誰のものだったのか、誰も語らなかった。ただ、その事実だけが、重く村人たちの胸に沈殿していった。

翌朝、村人たちはついに政府に膝を屈した。村を明け渡し、道路が開かれ、物流が戻った。支援物資も届きはじめ、ようやく命の危機は遠のいた。だが、村に残ったのは深く消えない傷跡だった。

九遠村の記憶は、もはやただの郷愁ではなかった。飢餓と腐敗、そして沈黙の罪。それが村人たちの記憶を支配し、すべてを塗りつぶした。誰もが、あの日々を忘れたかった。

そのときだった。「ぬるり」の伝承が村に蘇ったのは。
それは、苦しみを引き受け、記憶を水底へと沈めてくれるもの——。

村の片隅にひっそりと残されていた、苔むした祠が開かれた。そこで彼らは、かつて封じられた「ぬるりの器」を見つけた。中には漆黒の球体。闇よりも濃く、まるで水そのものが意思を持ったように脈打っていた。

その夜、村人たちは静かに集まり、一人ひとり、ぬるりに触れた。誰も言葉を交わさなかった。ただ、冷たい感触が指先を這い、心の奥底にまで染み込んでくると、胸の痛みが、徐々に霧のように薄れていくのを感じた。

朝になったとき、村には誰一人として残っていなかった。九遠村は、最後の集合写真一枚を残して、そのまま地図からも、人々の記憶からも、静かに消えていった。


四.悲劇を知って

加賀美の摂食障害は、この政治的な飢餓および犯した禁忌という、祖父の最も深いトラウマが原因だった。彼の体が無意識のうちに再現していたのは、九遠村の人々が経験した極限の飢餓と、それによって犯さざるを得なかった禁忌、そして深い絶望だった。特に、肉を前にしたときの激しい拒否反応は、村人が生命を繋ぐために口にした、ある「肉」への忌まわしい記憶が、祖父から加賀美へと受け継がれていたことに他ならなかった。

加賀美は、この悲劇を忘れてはならないと強く思った。九遠村がダムの底に沈み、人々の記憶からも消え去ろうとしていても、彼自身がその記憶を受け継ぎ、語り継ぐべきだと。彼は九遠村の資料館を出ると、ゆっくりと深呼吸をした。新鮮な空気が、これまで彼の体の中を澱ませていた何かを洗い流していくようだ。

その日の夕食、加賀美はいつもよりも多くの量を口にすることができた。完全ではないが、これまで感じたことのない穏やかな感覚が、彼の胃を満たしていくのを感じた。


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